取り調べ録画 原点に立ち戻る運用を

Last-modified: Sat, 02 Mar 2019 22:03:59 JST (1899d)
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(2018.8.7)
 栃木県・旧今市市の小学1年の女児が殺害された事件で、殺人罪に問われた被告の裁判において、東京高裁は「映像に頼ると印象に基づく判断になるおそれがある」と述べ、被告の自白映像を元に、検察側の主張をほぼそのまま認定した一審・宇都宮地裁判決を破棄し、取り調べの様子を録音・録画した映像を、安易に法廷で再生することを戒める判決を下した。

 判決そのものの是非は別として、取り調べの録音・録画はなぜ行われるようになったか。
・密室での行き過ぎな取り調べの牽制
・強引な取り調べによるうその供述の抑制

 捜査の可視化は良いことだが、結果として、自白に重きを置く傾向が出てきた。 録画の有無は別として、被告が真実を言うという前提ではなく、客観的な証拠によって判決が下されるのが基本だ。

 法廷で、検察と弁護人のそれぞれの主張を戦わせる場合に、少なくとも警察が提出している情報が、検察と弁護人の双方に共有されていなければ、フェアではない。 どのように情報共有すればよいかには課題があるが、取り調べの録画なども含め、弁護士との共有は必要だ。

 裁判員制度の導入により、裁判所は余計な仕事が増えており、人手が足りないので、導入されたとは思えず、裁判に一般国民の意見を取り入れようとしたもので、裁判官が国民目線からずれているのではとの懸念が背景にある。 仮にそうだとすれば、裁判官に社会経験をさせるなど、別のやり方があるだろうし、手間暇かけてまで素人である国民を巻き込むべきではない。

 どの公務員にも、生産性の悪さや世間ずれがあり、それなりの努力は必要だが、そのために一般国民を形式的に上から目線で巻き込むのはいかがなものか。

朝日新聞 社説:「取り調べ録画 原点に立ち戻る運用を