1989年と今の世界 民主と自由の命脈を保て

Last-modified: Tue, 08 Jan 2019 14:22:15 JST (1953d)
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(2019.1.3)
 1989年11月「ベルリンの壁」が崩壊し、その翌月、米ソ首脳が地中海のマルタ島で会談し、「冷戦の終結」が宣言され、東西の分断から、一つの世界にがらりと変わったが、それから今年で30年、世界はいかに変わり、民主主義と自由の理念はどうなったのか。

■試されるEUの理念
 資本主義国の集合だった欧州が、東ドイツをはじめ、共産主義だった国々を集めて、欧州連合(EU)を構成しているが、中国のような中央集権国家でもないのに、数だけを集めても国は弱体化することはあっても、決して強くはならないし、それらの国々が、何の責任感もなく自由と民主主義だけを主張すれば、国々はさらに混乱する。

 各国に、自由には責任が付き、権利には義務が伴うということを、認識してもらう必要がある。 共産主義国育ちのメルケル首相はその典型で、このままでは、EUはいいとこどりの責任を取らない仲良しクラブであり泥船だ。
(英のEU離脱 迷走を脱し現実直視を(朝日社説:2018.12.17))
 韓国の南北統一も気を付けないと同じ轍を踏む。

■理想と現実の相克
 敗戦後の日本は国連加盟を果たし、(1)国連中心、(2)自由主義諸国との協調、(3)アジアの一員としての立場の堅持、の3原則を世界に発表したそうだ。

 国連中心とは、自国で勝手に判断せずに国連、すなわち常任理事国に従うべし、ということだ。 自由主義諸国との協調とは、欧米のルールに黙って従えということだ。 アジアの一員としての立場の堅持とは、中国に従えということだ。
 戦後の何年かは仕方がなかったかもしれないが、国連には何の力もないことが分かり、戦後70年も過ぎた現在において、日本は、理不尽な横暴にいつまでも付き合う必要はない。

 冷戦が終結したとき、日本が経済力をつけてきことに脅威を感じていた欧米は、次のターゲットを日本とし、欧州はEUとして団結して対抗しようとし、米国は中国を支援することによって日本を牽制しようとしたが、それに対し日本は律儀に先の3原則を守り、米欧中との協調に努力して、30年間、経済低迷に甘んじた。

 そこにトランプ大統領が現れ、ターゲットは日本ではなく中国だと、米国は大きく舵を切り替えたのであり、日本もそれに応じた舵の切り替えが必要だ。
(日中平和友好 40年 主体的外交を練る契機に(2018.10.22))

■戦後日本と国際協調
 国連自身には何の力もなく、常任理事国の反対があると何もできず、何も決められない、井戸端会議状態になっている。
(米国と人権 大国の原則軽視を憂う(2018.6.22))
(気候変動会議 「魂」あるパリ協定に(2018.12.18))

 トランプ大統領は、国連を相手にせず、自らの軍事力と経済力をうまく使い分けて、中国をはじめとした国々をコントロールしようとしている。
 日本も、単に国連だけを見るのではなく、米・英やEU、中国、ロシアの各常任理事国とそれぞれその国に応じた協調をし、世界へ独自に対応していく必要がある。 もちろん、常任理事国以外にも大切な国々は世界にたくさんあることは当然である。

朝日新聞 社説:「1989年と今の世界 民主と自由の命脈を保て